先週、おすすめの本があるとの連絡を受けた。学陽書房から出版されている大島義則著「新人弁護士カエデ、行政法に挑む」である。聞くところによれば、破産者マップに関する記述があるという。
2019年3月に破産者マップが話題になって以来、様々な雑誌、書籍、新聞に破産者マップに関する話題が繰り返し取り上げられてきた。ある時は、早稲田大学のロースクールの入学試験問題になった。そのたびに様々な方から、破産者マップの記述が某書籍にあるよ、某大学法学部の先生が破産者マップを取り上げていた、某企業の個人情報保護に関する研修の際、講師が話していた等、情報が寄せられてくる。
これまで破産者マップを取り上げた雑誌、書籍、新聞を読んで感じることは、客観的に確認できる事実そのものが誤っている媒体があまりに多く、中には、デマや憶測を事実であったかのように書いているものも少なくない。大手新聞社の記事でさえ、事実とは異なるデマを事実であるかのように書き、その記事を引用した他メディアが、疑いようのない事実であるかのように書いていることもあった。詳細については、ここでは触れないが、破産者マップ関係の文献やメディアに触れるときは、書いてある内容が、観察できる客観的事実と異なっていないか、批判的な目線でみると新しい発見があるだろう。
ちなみに、この大島義則さんが書いた「新人弁護士カエデ、行政法に挑む」に関していえば、破産者マップの記述、第四章(135ページから172ページ)、38ページを詳細にチェックしたが、事実に関する記述の誤りは1つもなく、すべて正確に書かれていた。本書の「破産者マップ」を「破産者地図」、「グーグルマップ」を「ゲオゲオマップ」と置き換えるネーミングセンスについては、もうひとひねり欲しいところだ。
さて、この「新人弁護士カエデ、行政法に挑む」。本に書かれている話は、架空の話であり、小説だとしている。読んでみるとわかるが、実際に起きたこと、リアルをそのまま書いている。破産者マップがメディアで話題になった2019年3月。著者の大島義則さんと板倉陽一郎さんが中心となり、60人の弁護士とともに、個人情報保護委員会に対し、緊急命令を求めたことがあったが、その舞台裏が、詳しく書かれている。破産者マップを閉鎖させるために、行政法の観点からどのような検討がなされたかも詳細に書いている。第四章を読むだけでも、この本を買う価値がある。
「(破産者マップ)の問題はまだまだ解決とはいえないよ。今回はたまたま自主的にサイトが閉鎖されたから良いけど、サイト運営者は結局特定できていないし、実質的な処罰を行うことができていない。実際、破産者地図の実質的なサイトも次々に現れていて、イタチごっこになっている。警察すら特定できないような匿名性を確保された形で同じようなサイトが出現した場合、どうやって対処すべきかの答えはでていない」(本書170ページ)
本書でもそうなのだが、破産者マップの話題を取り上げている書籍は、多くの書籍が破産者マップに反対する立場から書かれており「破産者マップは、破産者のプライバシー権を侵害し、破産者の名誉を毀損する悪いものだ」「破産者マップは社会悪であり、世の中に存在してはならないものだ」とのドグマが根底にある。破産者マップや、破産者情報後継サイトのような「悪質サイト」の存在は認められないし、存在を認めたくない。「サイト運営者を特定」し「サイト運営者を処罰」すれば、「悪質サイト」を根絶させることができる。それらの書籍を書いた人たちは、本気でそう思っているようだ。
「なぜ、破産者情報後継サイトが次々に現れ、イタチごっこになるのか?」
それは「破産者情報を官報に掲載するよう定めている破産法第10条」が深く関係している。破産者の氏名、住所、破産した事実は、破産法第10条により、官報に公告される。官報は、内閣府が毎日発行しており、その日の朝8:30をもって、官報の内容は国民が知っているとされる。内閣府、つまり国が、毎日、国民に向けて、破産者の情報を「おおやけに」「告げ知らせている」ので、それを止めるか、閲覧に制限をかけない限り、破産者の氏名や住所、破産の事実は、誰でも知ることができるし、媒体を問わず流通し続ける。
仮に「サイト運営者を特定」しようとも、仮に「サイト運営者を処罰」しようとも、破産法第10条に基づき、官報に、破産者の氏名、住所、破産した事実が公告され続ける限り、破産者マップの後継サイトが次々に現れ、破産者情報が流通することは、誰にも止められない。「破産者のプライバシー権」「破産者の名誉」について、本書の著書、大島義則さんが本当に憂いているのであれば、破産法第10条に真正面から取り組むべきだと思う。
破産者マップが話題になってから3年。著者の大島義則さんと板倉陽一郎さんら、60人の弁護士が、かつて、個人情報保護委員会に対し、緊急命令を求めたのと同じ情熱で、破産法第10条に取り組んだとの話を聞かない。東京地方裁判所では、原告2人+原告代理人6人がいうところの、破産者マップの運営者に対し、プライバシー権の侵害および名誉毀損を理由とした民事裁判が進行しているが、原告らの発想は、本書の大島義則さんと同じドグマにとらわれており、破産法第10条に取り組む気はないようだ。
国会で破産者マップや破産者後継サイトについて熱心に取り組んでいた立憲民主党所属の前衆議院議員、松平浩一さん。松平浩一さんは、2019年4月の衆議院法務委員会で、破産者マップに関する質問を積極的に行い「破産者マップ対策」といわれる、2022年4月から施行される個人情報保護法第19条の新設にご尽力された方のお1人である。松平浩一さんの国会での活動の記録を調査したが、破産法第10条について関心はなかったようだ。
「破産者マップ問題」は「破産法10条問題」といえる。「破産者マップ」が閉鎖されたからといって、「破産法10条の問題」が解決したわけではない。「破産法第10条」に誰かが真剣に取り組まない限り、破産者情報の流通はとまらないし、今後も、破産者情報提供サイトは次々に現れるだろう。